« 最後のオリエント急行の旅(6) — オリエント急行乗車 | トップページ | 最後のオリエント急行の旅(8終) — 再びイスタンブールへ »

2009年11月28日 (土)

最後のオリエント急行の旅(7) — プラハの一夜

7.1 ニュルンベルグ —> プラハ

ニュルンベルグはドイツ最大の鉄道博物館がある街ですが、今回は素通り。
実は昨年12月にここには来ているのですが、その時も鉄道博物館には行かずですから、今回はというより今回も、です。

ニュルンベルグと言えばクリスマスマーケットが有名で、昨年はそれが目当てだったのですが、まだこの時期(11月21日)には始まっていないようで、駅にも特にそれらしき装飾はナシです。
ちなみに、ブダペストでは丁度私が発った11月20日からクリスマスマーケットが始まったようで、夕方東駅に向かおうとしたら、前夜は点いていなかったクリスマス用のイルミネーションに点灯されたところでした。

鉄道博物館まで行く時間はありませんが、この駅の本屋さんには、鉄道関係の雑誌などが結構揃っており、それなりに楽しめます。もちろんドイツ語ではありますが、2008年に発行されたオリエント急行の歴史をまとめた雑誌と、来年のカレンダーを一つ購入しました。


にほんブログ村 鉄道ブログ 海外鉄道へ
にほんブログ村

ニュルンベルグ中央駅の切符売り場で、プラハまでの乗車券を買います。DBのHPで検索した時には、これからのるRE353はチェコ国内で指定が必要と書かれていたのですが、いざ買おうとすると座席指定はできませんでした。で、結局窓口でも座席指定はできずでしたが、係員は問題無いというので、そのまま乗ることにします。
Img_5723しかしここで、係員からはバスでなくていいのか? と聞かれます。
実はニュルンベルグ中央駅前から12:45に出るバス(写真右)に乗ると、プラハに2時間25分も早く着けるのです。列車の方が所要時間は1時間半長く、しかも高いとあっては、客がバスに流れるのも道理というものでしょう。
私の場合はまあそういう目的ですから、鉄道以外の選択肢は考えませんでしたが。

Img_5726プラハ行のRE353は、チェコ所属の客車5両をDBのディーゼル機関車が牽引します。最後尾が1等車のコンパートメント。ただし座席は、DBのIRと同じように簡易リクライニングシートが並んでいるだけなので、あまり居心地が良いとは言えません。
Img_5728おそらく旧型客車の車内の改装を進めているのでしょうが、同じく改装された隣の2等車の座席の方が、立派に見えました。ただし、チェコ所属車の場合、未改装の2等車はまだ1室8人掛けですから、安易に選ぶと窮屈な思いをしそうです。

さて、ニュルンベルグを定時に発車した列車はチェコ国境へと向かう非電化単線の路線を東に進みます。
途中で何度かローカルのディーゼルカーともすれ違いましたが、典型的なローカル線といった風情です。そのうち調査員のような人がやって来て、アンケートに協力してくれと言われ、どこから乗って、どこへ行くのか、何回くらい利用したことがあるのか、などと聞かれます。おそらく、この線の「活性化」のための調査をしていたのでしょう。
最後にどこから来たのかと聞かれ「United Arab Emirates」と答えたら、その調査員さんはなるほどなるほどと頷いて「United」と書いていましたけど、あれは多分アメリカか英国から来たことになっちゃっているんでしょうね。

Img_5734乗った客車が最後尾だったので、日没が近づくなか、右に左にカーブする線路をデッキからビデオに収めたりしている内に、国境のFurth i Waldに到着。ここで機関車の付け替えです。
わずか10分の停車でいよいよチェコ国内に、ところが次のDomazliceで列車は全く動かなくなります。15分ほど経った頃、車掌が廻って来て、ここで40分位停まるが良いか?と聞いてきます。良いかも何も、こちらは待つしかありません。
幸い、コンパートメントの電源プラグは生きていましたから、PCを使って時間は潰せます。ただ、日が落ちて気温が下がって来たのに、暖房があまり効かない。スーツケースの中から使い捨てカイロを出して背中に張りました。

結局動き出したのは駅に着いた90分後、Plzen hl.n.で電気機関車に付け替えてプラハを目指しますが、結局遅れを取り戻す事無く、プラハ本駅(Praha hlavni nadrazi)に着いたのは20:24でした。

バスから遅れること4時間。これではあの線の「活性化」は難しそうです。


7.2 プラハ1日乗車券の怪

首都の中央駅と言えば、かなり遅くまで賑わっていそうなものですが、プラハ本駅構内の店は概ね20時には閉まるようで、一部のファーストフード店とコンビニのような店が開いているだけです。そのファーストフード店も21時には閉まりそうな雰囲気だったので、急いで夕食を済ませます。

プラハの地下鉄も計画では乗り潰す予定だったのですが、ここまで遅くなると明日の昼までに全部乗るのは難しそう。でも、1日乗車券は24時間有効なので、とりあえずそれを使って乗れるだけ乗ってみようかと考えていました。
ところが、地下鉄の出札口で1日乗車券を頼むと、売り切れたとの答え。24時間チケットとは言っても、実際には夜になればそういうこともあるのかなと思い、今夜はおとなしく寝ようとホテルに向います。

今夜のホテルはEsplanadeホテルで、これまた駅から近いのが特徴。本駅から200mくらいではないでしょうか。
部屋は日本並に狭いですが、ワイヤレスのインターネットも使えます。翌日の朝食の品揃えも平均点といったところ。部屋にポットが無い、セーフティーボックスが有料といった欠点もありますから、五つ星とは言われていますが、四つ星クラスと思って泊まればまあ満足と言えるホテルだと思います。

ちなみにこの日、他の宿泊客がホテルのフロントで「プラハ空港が閉鎖されたそうだが」と尋ねていましたが、どうやらこういうことがあったよう。

--
『管制塔で火災、空港が一時閉鎖 電気系統原因か プラハ空港』
プラハ(CNN)

チェコの首都プラハの国際空港の管制塔で21日午前、火災が発生、空港業務が一時全面中断する騒ぎがあった。負傷者はいなかった。

管制機器などにも損傷はなかったが、煙が管制室内に充満し、管制塔が一時、閉鎖される事態ともなった。この影響で、離着陸便がすべて止まった。

同空港運営団体の報道担当は電気系統が出火原因とみている。

管制塔業務は、21日午前中に全面復旧する見通し。

http://www.cnn.co.jp/business/CNN200911210022.html
--

もしBalkan Expressのチケットが買えなかったら、プラハから飛行機に乗る可能性もあったわけですから、ヤキモキしたことでしょう。


さて翌朝、朝食を終えた私はまず本駅に行き、再度1日乗車券について尋ねます。
ところが返ってきた答えは同じく「売り切れ」。どうやら昨日だけのことではなく、プラハの交通当局全体もしくはプラハ本駅では1日乗車券を扱わなくなったということのようです。
毎回毎回切符を買いながら乗り潰すのは容易ではないので、今回はプラハの地下鉄は諦めて街歩きに徹することにしました。


7.2 「のだめ」in プラハ

そもそも、今回何故プラハに泊まることにしたのか。
オリエント急行だけが目的なら、むしろシンプロンオリエント急行をイメージして南に廻って戻るところを、北にずれたプラハを選んだのは、私自身が行ったことのない街として興味があったということもありますが、もう一つの要因が「のだめカンタービレ」です。

娘があのドラマが大好きで、アブダビでDVDを繰り返し繰り返し見ている内に、「プラハってどんなところ?」としつこく尋ねるようになった次第。そこで、撮影に使われていた場所をクレジットロールからピックアップしておいて、そこの写真を撮って返れば、置いてきぼりを喰らわされた娘も少しは満足だろうという魂胆です。
Img_5755ということで、トラムの写真などを撮りながら、街を歩くと共に、スメタナホール、グランドホテルボヘミア、カレル橋、芸術家の家などをカメラに収めました。

天候はまた霧ですが、段々日が昇るに連れて霧も薄れて暖かくなって来ます。この日(11月22日)は日曜日とあって、旧市街を歩く観光客は沢山いました。
ところが日曜日の所為でしょうが、予想外だったのがトラムの本数が少なかったこと。運転間隔は15分くらいに開いていたように感じました。ここでトラムが走って来てくれたらいい絵になると思っていてもなかなかやってこないのです。
結局、2時間半ほど街を歩きましたが、トラムを絡めた写真はあまり撮れませんでした。


7.4 ウィーンSバーンの落とし穴

今夜の宿の乗るというか、予定通りイスタンブールに戻るためには、ウィーン西駅を18:50に出るベオグラード行の「Beograd」を捕まえなければなりません。
プラハからこの列車に乗り継ぐためには12:30にプラハを出るEC75に乗れば良いのですが、このECはプラハの始発が本駅ではなくホレショヴィツェ(Praha Holesovice)駅、ウィーンの到着駅も南駅とちょっと中途半端です。

ホテルを11時半にチェックアウトし本駅へ。地下鉄のホレショヴィツェ(Nadrazi Holesovice)までは3駅なので、18Kcの安い1回券で行けます。本駅は切符に時刻を刻印する「改札」が上下線別にあり、各々を抜けた階段を降りればそこはもうホームです。
幸いトラムとは違って地下鉄は頻繁に走っているようで、直ぐにやって来た列車に乗り、3駅5分でホレショヴィツェです。本駅もこの駅もエスカレーターはありませんが、エレベーターはあります。地下鉄駅を出てサインに従えば直ぐにチェコ鉄道の駅のコンコースです。
Img_5779
ホレショヴィツェ駅は3面5線のホームがあるだけの典型的な中間駅で、駅の機能も普通の駅のそれです。ホームに上がってみると、列車は既に入線しています。
Img_5780車輌は全てチェコ。しかし機関車は最初からオーストリアです。機関車の次位に開放式の1等車が1両、続いて食堂車、その後ろに2等車が4両という編成です。この1等車は荷物置き場は車端部にありましたが、空いていたのでスーツケースは隣の座席の前に置いておきました。
Img_5791
定刻に発車した列車は、しばらくは平坦な区間を走りますが、そのうち山越えにかかります。山越えといっても日本程急峻な山がある訳ではありませんが、おそらく極力勾配を緩くし、トンネルを避けた結果だと思いますが、線路が右に左にカーブし、列車のスピードが落ちます。線路に沿って細い川と道路が続き、晴れた日曜の午後ということで、サイクリングを楽しむ家族連れの姿もよく見られます。

この区間はプラハとスロバキアの首都であるブラチスラバを結ぶ路線でもあり、言ってみればチェコスロバキア時代には最重要幹線だった区間ですが、それにしては線形が悪い。
チェコ鉄道は現在イタリアからペンドリーノを導入して、スーパーシティー(SC)という名称の優等列車をこの区間でもウィーン、ブラチスラバへと走らせています。ただ、時間短縮効果はウィーンまでこのECが4時間32分に対して、SCは4時間5分。思った程ではないなという印象です。

オーストリアに入る頃には辺りもすっかり暗くなり、南駅に到着する直前にWien Simmeringに停車。ここで地下鉄に乗り換えれば西駅に行けるのですが、南駅まで行ってもSバーンを1回乗り継げば西駅まで行けることも、先日西駅を通った時に路線図で確認していました。ウィーン南駅は中央駅建設に伴い、12月12日に廃止になるということもあり、今回は終点まで乗ることにしました。

列車は17:02に定時到着、西駅に行くにはS15でWien Hutteldorfまで行き、S50に乗り換えれば良いことはわかっていましたが、地下のSバーンのホームに降りてビックリ。S15は30分毎にしか走っていません。幸い17:20の電車を捕まえることはできましたが、これまたゆっくりゆっくり走ります。Img_5795Hutteldorfまでそんなに距離はないはずなのですが、到着は17:39。そして次のS50はこれまた幸いにも17:56発の西駅行がありましたが、こちらはS15以上に本数は少なくしかも時隔が揃っていません。
もし、17;20のS15に乗り遅れていたら、18:50までに西駅に着けないところでした。もちろんそうなれば別の手を採り得たでしょうが、首都のSバーンということで時間を調べておかなかったことは失態でした。

南駅から西駅への移動に1時間もかかったのは予想外でしたが、これも南駅の閉鎖で全て変わることになるはずです。


(8終)再びイスタンブールへに続きます

|

« 最後のオリエント急行の旅(6) — オリエント急行乗車 | トップページ | 最後のオリエント急行の旅(8終) — 再びイスタンブールへ »

ヨーロッパの鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 最後のオリエント急行の旅(7) — プラハの一夜:

« 最後のオリエント急行の旅(6) — オリエント急行乗車 | トップページ | 最後のオリエント急行の旅(8終) — 再びイスタンブールへ »