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2010年1月28日 (木)

1988年アメリカ大陸横断の旅(東1)

AMTRAKによるアメリカ大陸横断の旅の第2弾です。

西海岸への旅へのほぼ1ヶ月後、クリスマスにも4連休があったので、今度は東に向かうことにしました。

1日目 朝 ヒューストン発(テキサス・イーグル)
2日目 午後 シカゴ着
    夜 シカゴ発(キャピタル・リミテッド)
3日目 朝 ワシントン着
    夜 ワシントン発(クレセント)
4日目 朝 アトランタ着
    午後 イースタン航空便でヒューストンへ


この「テキサス・イーグル」という列車ですが、私に言わせれば、これは典型的な「我田引鉄」パターンに見えます。

Usa88a08
元々、現在も走る「テキサス・イーグル」と同じルート(ロサンジェルス-サンアントニオ-シカゴ)の列車は当時「イーグル」と呼ばれていたのですが、その「イーグル」をダラスで分割し、ヒューストンまで乗り入れさせたのが「テキサス・イーグル」で、これが走り始めたのは1988年の秋。(右はヒューストン駅のホーム)

1988年といえば、アメリカ大統領選挙の年であり、この年大統領を争ったのは共和党のブッシュ父(副大統領)と民主党のデュカキス(マサチューセッツ州知事)でしたが、テキサス州と言えばもちろんブッシュ副大統領の地元。


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普通なら楽勝と考えそうなところですけど、この年は民主党の副大統領候補がやはりテキサスのロイド・ベンツェン上院議員で、ブッシュ父は1970年の上院議員選挙でベンツェンに破れたことがあるという事情がありました。
そこで、かどうかは単なる想像ですが、この「テキサス・イーグル」をヒューストンまで延長することで、副大統領の実績を強調してベンツェン議員との差をつけようとしたんじゃないかな、と思った次第。

ちなみに、ヒューストン発着の「テキサス・イーグル」は1995年9月に廃止されています。これもまたそのタイミングがピッタリ。
1994年11月の選挙で民主党現職のアン・リチャーズ女史を破って州知事に当選したのがブッシュの息子さん。もちろん当時はクリントン民主党政権でしたから、まあ、その「見返り」がこの廃止だったんではないかなと思われる次第。

その後、1997年には残った現在の「テキサス・イーグル」(元々の「イーグル」)までも廃止されると発表され、それにブッシュ州知事が猛反発したということがありましたけど、結局この時は生き延び、2000年(ただしブッシュ息子が大統領になる前)には毎日運転になり、現在に至ると。

とにかく、政治臭さがつきまとう列車です。

そして、ラッキーなことにそのわずか7年間だけ走っていたヒューストン/ダラス間のアムトラックに乗れたのが、この時の旅でした。
 
 
 
Usa88c01

スーパーライナーの座席車。リクライニングシートが並びますが、リクライニングやテーブル、読書灯など何かが壊れている座席が大変多かったのが残念。また、この時の旅では乗っていた車輌のトイレが詰まってしまい、他の車輌のトイレを使わざるを得なくなったばかりでなく、悪臭にも悩まされることに。
 
 
 
Usa88c02

ダラス駅。
ヒューストン/ダラス間約400kmを、時刻表上では約7時間かけて走るように設定されていたはずでしたが、これは最初から遅れを見込んだダイヤで、何事も無く走ったこの日は、90分も早着してしまいました。
 
 
 
Usa88c03

待ち時間が十分できてしまったので、ちょっと駅の周りを見回したら、直ぐそばにあの有名なテキサス教科書会社のビルがあるではありませんか。この6階からオズワルドがケネディ大統領を撃った「ということになっています」。
ちなみに、この時はまだこの「現場」は非公開でしたが、1989年に"THE SIXTH FLOOR MUSEUM"という博物館としてオープン。5年後にダラスを訪れた時に見ることができました。
 
 
 
Usa88c04

ここが狙撃された場所で、前方の高架橋はまさにダラス駅の直ぐ脇。アムトラックもこの上を通過します。

この後、シカゴまでの道中の写真がまだ行方不明。
サンアントニオ編成とヒューストン編成を併結した列車は、夕方にダラスを出発。翌朝にはセントルイスを抜け、終点シカゴには午後の到着でした。

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