1988年アメリカ大陸横断の旅(西1)
さて、これまで主にUAEの交通関係の話題を書いて来たこのブログですが、もう一つの開設目的である、これまでに訪れた海外の鉄道についての記事もボチボチ書いて行こうかと思っています。
その第一弾として、今から21年前にアムトラックで大陸横断をした時の写真を紹介したいと思います。
当時の私はテキサス州のヒューストンに住んでおり、11月のサンクスギビングの4連休を使って西海岸まで、12月のクリスマスの4連休を使って東海岸まで行きました。
11月の西行きの日程は以下の通り。
1日目夜ヒューストン発(サンセットリミッテド)
2日目 車中
3日目朝ロサンジェルス着
ロサンジェルス/サンディエゴ往復(サンディエガン)
夜ロサンジェルス発(サウスウェストチーフス)
4日目 車中
5日目朝カンザスシティ着
午後のコンティネンタル航空便でヒューストンへ
細かいところは忘れてしまいましたが、その当時の写真を以下に並べています。
(1)はヒューストンからロサンジェルスまで、「サンセットリミテッド」の旅です。
アムトラックヒューストン駅
ヒューストンには街の中心部に頭端式の「ユニオン駅」というものがあったが、この時点では既にヒューストンを東西に貫いて走るサンセットリミテッド以外の旅客列車が存在していません。わざわざ方向転換を必要とするユニオン駅を使うのは非効率と判断されたらしく、ヒューストンを通り抜ける本線上にこの小さい駅舎を作って営業を行っていました。

ヒューストンを出発するニューオリンズ行き「サンセットリミテッド」
当時の「サンセットリミテッド」はニューオリンズとロサンジェルスを結んでおり(確か週3便)途中のサンアントニオでロサンジェルス/シカゴを結ぶ「イーグル」と解結していました。西行の「サンセットリミテッド」はヒューストン発が夜の23時頃だったので写真は残っていないが、ニューオリンズ行は午前10時頃にヒューストンを通っていたので、何回か写真を撮りに行きました。
治安があまりよろしいとは言えないヒューストンで、夜にダウンタウンにタクシーで向かうのは避けた方がよかろうということで、この西海岸行きの時は知人の車で送ってもらいました。

朝の「サンセットリミッテッド」(どの駅かは忘れてしまいました)
客車は2階建てのスーパーライナー、座席車、寝台車、ラウンジカー、食堂車を連ねていた。ホームはほとんど高さはなく、乗務員がドアの前に踏み台を置いていました。

エルパソに停車中の「サンセットリミテッド」。ここでようやくテキサス州ともお別れです。

貫通路は2階部分で繋がっています。

ラウンジカーと食堂車は別個に連結されています。

寝台車は2階の中央通路の両側に2人用個室が並んでいた。日本のプルマン式寝台車の寝台部分と通路とのガラスで仕切ったような構造。相部屋というのがあるのかどうかはわかりませんが、この時は一人使用でした。
1階部分にはファミリー用もしくは身障者優先の個室寝台がありました。

ラウンジカー車内。1階で軽食や飲み物を売っています。

ラウンジカー1階。

エルパソで見たサザンパシフィック鉄道(現在はユニオンパシフィック鉄道に統合されてしまった)のDL。これは2軸台車。

こちらは3軸台車を履いた更に大型のDL。これらが4重連、5重連で貨物を牽引。

車中で2泊して、3日目朝にロサンジェルス駅に到着です。

(2)ではサンディエゴまで往復した「サンディエガン」を紹介します。
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