70年代の千葉の鉄道(循環急行「なぎさ」)
70年代の千葉の鉄道シリーズ。
外房線の電化が完成した1972年7月から、内房線、外房線の急行と普通列車は、直通運転が行われるようになりました。
もちろん、房総東線、房総西線がともに非電化時代には気動車で行われていた運用だったので、復活といった方が正しいでしょうか。
その循環急行の左回りが「なぎさ」、右回りが「みさき」という名前だったのですが、どちらも中間の館山・勝浦間は各駅停車扱いでした。夏に臨時の「なぎさ」「みさき」が走ったことがありましたが、どちらも館山もしくは安房鴨川(勝浦?)で折り返していましたから、「なぎさ」で下って、「みさき」で帰る(あるいはその逆)という運用でした。
下の写真は幕張と津田沼(まだ幕張本郷はありません)の間を南下する「なぎさ」の後追い写真です。

この循環運転は、1975年3月の改正で基本的になくなりました。おそらく問題は循環してしまうと電車の方向が反転してしまうからだったのでしょう。
房総東線時代は大網駅がスイッチバック構造だったので一周しても向きは変わらなかったのですが、電化時にそれが解消されたために、逆に一周すると方向転換してしまうことになりました。
ですから、当時の幕張電車区の各編成は、偶数向きと奇数向きの先頭車につける編成番号札のデザインを変えて、どっちを向いているかがわかるようにしてありました。
でも、ダイヤが乱れた時に編成の向きまで考えて回復させたりしなければならなかったでしょうから、その面倒臭さを考えると、そこまで循環する意味がなかったのだと思います。
ちなみに、この写真の「なぎさ」はそれ以前の「うち房」やその後の「内房」「外房」を基準にすれば「反転」している編成です。
なお、この「なぎさ」という名前は一時自分の子供の名前の有力候補だったのですが、知人のお子さんに「みさき」さんが居て、そのコンビが「ハマり過ぎ」になりそうだったので、別の名前にしています。
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コメント
これは今あったら、通勤利用も相当見込めたかもしれません。特に新宿回転なら房総半島からの需要も見込めました。
投稿: のんちゃん | 2019年12月21日 (土) 15時32分
ありがとうございました。とても懐かしい思いでした。
投稿: | 2021年3月18日 (木) 20時58分