1972年の首都圏の国鉄(7) -101系、103系
この頃の首都圏の通勤型電車といえば101系と103系が主力で、当時は丁度、首都圏5方面作戦が一段落し、山手線、中央線、京浜東北線、総武線、常磐線がラインカラーをまとった新性能車で統一された時期でした。
千葉駅を出る101系です。
総武線の101系は、もともと山手線に配置されたものが、山手線の103系化により総武線に押し出されてきたもので、ラインカラーのカナリア色も、もともとは山手線用だったものでしたが、この頃にはすっかり総武線のカラーとして定着していました。
当時の101系は全て7両+3両という編成でしたが、たとえば日中の乗客の少ない時間帯に3両を切り離して7両で運用していたのか、という点についてはよくわかりません。
父親からは、中間に運転台のある車両が入っているのはそういう使い方をするためだと教えられましたが、実際に自分の目では見たことがないもので。
上野駅で出発を待つ常磐線の103系です。
まだ前照灯は大型の白熱灯で、連結器の上に通風機がついている原型車です。
同じ103系でも山手線や京浜東北線は乗る機会が多かったのですが、常磐線はなかなか乗らないので、わざわざ写真に残したのだと思います。
最近の写真としては、常磐線を走る231系です。
231系の原型車は、ちょうど今回紹介した総武線と常磐線に投入されました。
総武線の101系は山手線からお下がりだったのに対し、231系は新形式が最初に総武線に投入されたということで、ある意味画期的なことだったのですが、また、231系500番台という、山手線のお下がりになってしまいました。
(8)は483・485系、489系です。
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