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2020年8月20日 (木)

1972年の首都圏の国鉄(6) ー近郊型電車

現在は通勤型と近郊型の境界がなくなってしまいましたが、当時は近郊型と通勤型は全くの別物で、3扉セミクロスシートで、加速は通勤型に劣るけど、最高速度は上回るのが近郊型でした。
首都圏では111・113系、115系、401・403系が走っており、また前年に403系と同車体の415系一次車が登場していましたが、まだ非冷房で、総武快速線の113系1000番台を除いて、前照灯は大型白熱灯という共通の顔立ちをしていました。

 

3_113_1

東京駅で発車を待つ横須賀線です。
この時点で横須賀線も東京地下駅に乗り入れることは決まっていたわけですが、まだ車両は地下線対応にはなっていません。

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3_113_2

こちらは東京駅に到着した東海道線の普通列車です。
現在もそうですが、当時から同じ近郊型電車を使っても、東海道線の普通の方が横須賀線よりも保土ヶ谷、戸塚を通過するなど停車駅が少なく、長距離を走る電車という雰囲気となっていました。

 

3_115_1

上野駅地上ホームで発車を待つ黒磯行115系です。
前に登場直後の白黒写真の115系を紹介したことがありますが、この頃には東北線・高崎線の普通列車は115系が主力となっており、他に急行の間合い運用としての165系、169系を使った普通列車、そして東北本線系統では何本かの客車列車による普通列車が残っていました。

 

3_401_1

常磐線の大津港行普通列車です。
401・403系は4両1ユニットで上野口では8両または12両編成となっていました。
この頃から大津港行は走っていましたが、今でもマスコミで「聞いたことがない終着駅」みたいな扱いで取り上げられることがあります。

なお、当時の準急上がりの急行である「ときわ」「なすの」「あかぎ」などの中には、この近郊型電車を使った「遜色急行」が1往復程度残っていました。これらはグリーン車が連結されていないので、時刻表を見れば区別がつきましたが、だいたいは季節列車に充当されていたようです。

 

3_20180304_115

最近の写真としては、2018年3月に撮影した、上越線の水上・上牧間を走る引退間近の115系です。
現在の住居である新潟から、家族が住む千葉に帰る時に、朝7時台に新潟を出る特急「しらゆき」に乗り、長岡で休日は水上まで延長運転をする普通列車に乗り継ぎ、水上駅から歩いて撮影ポイントに向かう、といった撮影行を何回か行いました。

(7)は101系、103系です。

 

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