1973年の日本の鉄道(7) - サロ113登場
成田空港開港を睨んで、この年には京成はスカイライナーAE型を新製し、成田空港駅(現東成田駅)を完成させましたが、国鉄は成田快速にグリーン車を連結することを想定してサロ113を新製しました。
それまでの近郊型のグリーン車は、サロ152を格下げにしたサロ112は例外として、東海道本線、横須賀線で使用されていたサロ110、サロ111はリクライニングをしない回転式シートで定員は60名(サロ110)か64名(サロ111)でしたが、サロ113はフルリクライニングシートで定員48名で、17両が製造されました。
なお、サロ113はフルリクライニングシートでしたがフットレストはついていませんでした。おそらくそういうところで優等列車用のグリーン車との差別化をしていたのだと思います。
幕張電車区に搬入されたサロ113です。実はもっとちゃんとした写真があるのですが、手元にこのようなボツ写真しか残っていません。ここには2両しか写っていませんが、おそらく幕張電車区に到着したばかりだったようで、この編成は電動車ユニット2組と両端の先頭車の真ん中にサロ113を4両も挟み込んだ編成でした。
これまでグリーン車を4両も連ねた電車編成なんて見たこともありませんでしたから、強烈な印象でした。
この写真を撮ったのは夏ダイヤが始まる少し前で、おそらくこの後、1両ずつバラバラにされてサロ1両込みの10両編成が組成されたようです。
そしてこの夏、房総の夏ダイヤではグリーン車付きの快速「青い海」「白い砂」と、同じ編成で急行として走る臨時の「なぎさ」「みさき」が運転されました。定期の「なぎさ」「みさき」は循環急行でしたが、この時の臨時の「なぎさ」「みさき」は館山や安房鴨川で折り返していました。よって行きと帰りでは列車名が変わる急行となっていました。
千葉駅で停車中のサロ113を連結した「青い海」です。
前回にも書きましたが、113系はこの年の増備車から新製時から冷房付きとなりました。そしてこのグリーン車付の編成は普通車も冷房車でしたから、それが時刻表でわかるというのが大きなメリットでした。
外房電化前の1970年、71年頃の夏ダイヤでは、急行「そと房」用に冷房車をかき集めて1編成だけ全車冷房車とし、朝夕の1往復はその編成を必ず使う全車指定席急行として走らせる、という運用を行っていました。
サロ113は4号車に連結され5号車はクハ111でした。つまり6両編成の東京よりに4両編成を連結し、その4両編成の千葉よりの先頭車をサロに置き換えたような編成だったということです。
その後、成田空港の開港が遅れたため、サロ113は暫く横須賀線で使われることになりましたが、定員が少ないことが嫌われて、京阪神の快速のグリーン車に使われていたサロ112を置き換えるという名目で、関西に転出してしまいました。
しかし、総武快速線と横須賀線が直通することとなった1980年に、17両全車が幕春電車区に戻って来ました。
当時は大船電車区と幕張電車区で運用が分かれており、幕張電車区の快速用113系は18本の基本編成がありましたが、そのうちの17編成はサロ113とサロ110(1200番台)が1両ずつ、1編成だけはサロ110(1200番台)が2両という編成でした。
上の写真は、113系が217系に置き換えられる少し前、90年代半ばに撮ったサロ113のラストナンバー車です。
ちなみ、私は国鉄を全線完乗したのは久里浜駅でしたが、その時は運用を調べてサロ113が久里浜まで直通する数少ない列車を選び、それに乗って久里浜まで行きました。
(8)では循環急行「なぎさ」「みさき」の1973年の姿を紹介します。
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