1973年の日本の鉄道(9) - 千葉の旧型国電
常磐線系統を除く、千葉県の旧千葉鉄道管理局管内の国鉄路線は、千葉までの総武線電車が新性能化されるのと歩調を合わせて電化区間が伸びていったので、千葉以南、千葉以東の普通列車は総武線から101系に押し出された72系の旧型国電が主に使われました。これらは津田沼電車区に配置された6両編成でした(後に鹿島線が電化された際には4両編成の運用もできたと記憶しています)。
そして1972年の総武快速線の津田沼開業直前には、千葉までの各駅停車は完全に101系されていたのですが、房総西線や成田線の72系電車は、津田沼電車区との入出庫で千葉・津田沼間を走る時も旅客営業をしていて、それが結構な本数走っていました。
ところが、その72系を写した写真がほとんどありません。自分では撮っていたつもりだったのですが見つからず、どうしてちゃんと撮らなかったのかと、当時の自分を叱り付けたい気分です。千葉の72系が旅客営業から引退したのはこの4年後の1977年でした。
数少ない、真っ当にクハ79を正面から撮った写真です。この頃は、このような大型の雪再表示板を挿していましたが、後には、運転席の中に小さく表示されるだけになったと記憶しています。
写っているのは千葉駅に進入する「なぎさ」ですが、右側の5番線には、外房線の72系電車が止まっています。ちなみに千葉のローカルの電車は、72系も地上型の113系もサボ板は使っていませんでした。
幕張電車区に止まる千葉の珍車クモハユ74です。結局この電車の客室部分が旅客営業に使われることはなかったはずです。
幕張電車区の洗浄機を抜けるクモハユ74です。
転属して来たばかりで、まだ湘南色で名カキと表記されているクモユニ74です。
千葉の荷物電車は国鉄が全国での荷物の取り扱いを止めても、両国から房総各地に新聞夕刊を輸送する目的で続き、72系の荷物車も80年代半ばまでは運用されました。その後クモユニ143に置き換わり、90年代半ばまで専用車による両国発の荷物列車は存続しました。
最近の写真としては、2017年に撮った上総興津付近を走る209系です。
電化によって房総半島全域を走り始めた72系ですが、113系によって置き換えられました。その113系置き換え目的で、231系に追われた寒地型の211系が転入して来ましたが、5両固定という編成の使い勝手が悪かったのか、京浜東北線の209系を2000番台に改造して113系ばかりでなく211系も置き換えてしまいました。
そして、今度はワンマン運転に対応した131系が房総半島南部エリアに導入されるそうですが、さて、千葉に近いエリアで比較的長い編成で走ることもある209系は今後どうなるのでしょうか。
(10)はこのシリーズの〆として小湊鉄道を紹介します。
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