1973年の日本の鉄道(10終) - 小湊鉄道
市原市を流れる養老川の上流部にある養老渓谷は、千葉に住む子供がハイキングやキャンプによく行く場所でしたから、小湊鉄道は小さい頃から馴染みのある鉄道でした。1973年には小学校の林間学校で、当時月崎駅近くにあった国民宿舎月崎荘(1983年閉館)に行きましたが、その時の往復も小湊鉄道でした。
月崎といえばチバニアンですが、当時の月崎荘とは少し方向が違うので、子供の頃にあの地層を見ていた、ということはなさそうです。
この時点で、小湊鉄道の主力車両は現在も走り続ける自社発注車のキハ200になっており、五井の機関区にはそれ以前に使われていた出自も様々な車両が留置されていましたが、ほとんど運用には入っていなかったようです。
あれから50年近く経って、ようやくキハ40が投入されましたが、さて、今後キハ200はどうなるのでしょうか。
これは復路に撮った写真のようです。キハ200にはタブレットから窓を保護するフレームが付けられていましたが、現在は付いていません。60年代に国鉄の気動車と併結して千葉まで乗り入れたこともあったので、その名残りという面もあったのでしょうか。
そのフレーム越しに見える「旧式」の車両群ですが、手前はキハ04系統の車両のようで、真ん中に写っているのは、元は三信鉄道の電車だったキハ5800で、現在でも五井の機関庫内に保存されています。
五井駅で小湊鉄道のホームから内房線のホームに跨線橋を渡ってきたところです。当時の五井駅には現在の跨線橋の他に、姉ヶ崎寄りにも乗り換え用の跨線橋があったようです。
五井の機関区に留置されていた「ワフ」ですが、どうやら木造のようです。この時点で小湊鉄道の貨物輸送は廃止されていました。
途中駅、おそらく上総牛久あたりで見かけた「トム」ですが、大きく「休車」と書かれています。当時の国鉄の無蓋車と比べても、車体の側板の高さが低いように思えます。
最近の写真としては2016年に撮った高滝駅の桜と菜の花です。小湊鉄道沿線は桜と菜の花の撮影ポイントが沢山あります。この時は天気も良かったので多くの撮影者が来ていました。
以上で、1973年の日本の鉄道シリーズを終了します。
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