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2021年4月16日 (金)

1974年の日本の鉄道(1)急行「銀河」

アブダビに来たばかりということで、最近はアブダビのことばかり書いていて鉄分が不足しています。
交互とまではいかないかもしれませんが、また、昔の鉄道の写真もアップすることにして、しばらく1974年の鉄道を紹介します。

第一回は急行「銀河」です。

「銀河」は、私が初めて乗った寝台列車です。
それまで、上信越方面の夜行列車はスキーに行くために何度か乗ったことがありましたが、寝台車に乗ったことはありませんでした。

当時、急行「銀河」は2往復あり、私が乗ったのは、もともとの「銀河」の流れを汲む「銀河2号」の方でした。
編成は、10系寝台車にスハ44、スハフ43の座席車が2両連結されているもので、千葉県に住んでいると10系客車は座席車すら見る機会がなかった上に、しかも初めての寝台車ということで、とても新鮮な印象を覚え、その後、模型でもキットを買って作ってみるほど思い入れのある車両になりました。

 

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残念ながら、それほど良いカメラを持っていなかったので、夜の東京駅で撮った写真は手ブレだらけです。

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大阪行きのサボをつけたスハネ16です。

当時、10系客車は登場して15年程度でしたが、千葉で見かける客車は既に製造されて30年近く経過しているオハ35系などでしたから、まだまだ新しく見えました。また、鉄道関係の書籍や雑誌などでは、10系軽量客車がいかに画期的な客車であったかが詳しく紹介されていましたから、子供だった自分は、旧型の35系や43系の客車は10系に置き換わるのだろうと思っていました。
しかしあまりにも軽量化を追及し過ぎたためか、車体の傷みが予想以上に激しく、旧型客車よりも短命になってしまいました。

 

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この時点で、臨時列車用としては12系客車が登場しており、写真は「銀河2号」の少し前を先行して走る「銀河51号」です。

 

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座席車の居住性という点では、この時点で定期急行よりも臨時急行の方が高いという逆転が起きていました。
12系の開発にあったっては、10系で軽量化を追求し過ぎた部分には修正が加えられたようで、軽量化後の第一世代と言える10系、20系よりも、12系、14系、24系の方が長持ちしました。

 

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朝の寝台車内です。
もっと乗る機会を作りたかったのですが、翌年の新幹線博多開業後に、急速に数を減らして行ったので、10系寝台車には数回しか乗ることができませんでした。

 

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こちらは廃止の少し前の「銀河」が東京駅から品川に引き上げて行くところです。

首都圏と関西圏という二大都市圏を結び、これだけ夜行バスの利用客がいる区間なのに、「銀河」は20年以上2段式開放寝台のみという画一的なサービスで、しかも料金を高止まりさせたままでした。カーペット車のようなものを連結して格安で横になれる空間も提供すれば、もっと多くの利用客があったのは間違いないと思います。

色々な意見はありますが、私はやはり国鉄の分割民営化の弊害で、そういう積極的な改善策を責任を持って実行する主体が失われてしまい、ただ陳腐化するに任されてしまったのが廃止の原因だと思います。
残念なことです。

(2)では、「銀河」で行った京都・大阪の姿を紹介します。

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