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2021年5月28日 (金)

1974年の日本の鉄道(5)相模湖駅の山スカ

東京に発着する中央線の快速電車は現在もほとんどが高尾止まりですが、1974年当時もその点は同じでした。そしてそこから大月方面へと向かう普通列車は、当時はまだ新宿発も残ってましたが、高尾発が多くなっていました。
そして、スカ色の115系も導入され始めていましたが、70系71形の山スカもまだまだ現役で走っている時期でした。
その高尾の隣は相模湖駅で、休日にはハイキングやピクニックなどに訪れる人が多く、当時は高尾・相模湖の一駅間だけを走る臨時電車も、行楽シーズンには走っていました。

その相模湖畔にある相模湖ピクニックランド(現在のさがみ湖リゾートプレジャーフォレスト)で、ミニSLの運転が行われるとあって訪れたのが、1974年のゴールデンウィークでした。

 

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相模湖駅に停車中の70系です。
どちらも運転席の窓には「高尾行」と紙が貼られているのですが、右は相模湖で折り返す臨時で、左はそのまま大月方面に向かう定期列車だったと思います。
左のクハ76は全金属車のようです。

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両編成の先頭を横から撮った写真です。
70系は、当時は登場してまだ20年くらいだったはずですが、この翌年から115系が増備されて、まもなく中央本線からは撤退しました。

なお、1968年3月に成田線が成田まで電化された時に、当時幼稚園児だった私は成田まで連れて行ってもらったのですが、行きは茶色の72系の普通で、帰りはスカ色の70系を使った臨時快速だったことを覚えています。成田電化は成田山新勝寺の開基1300年に合わせたものでしたから、その参拝客用の臨時だったのでしょう。

当時横須賀線の70系は既に113系に置き換わっていたので、おそらく三鷹電車区からこの山スカを借りて運転された臨時快速だったのだと思います。

 

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そのピクニックランドで運転されていたD51のミニSLです。おそらく5分の1サイズだと思います。かなりしっかりしたレールを結構な長さ敷いて運転していた記憶があります。

 

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最近の写真としては、351系や257系の最後の走りを撮りに上野原や猿橋の桂川橋梁に行っていた時に、四方津駅で撮った「山スカ」の後継211系です。

 

(6)では九州の鉄道を紹介します。

 

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