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2021年5月 2日 (日)

1974年の日本の鉄道(4)久留里線

久留里線は、木更津から内陸に伸びているローカル線で、本来であれば木原線と繋がって房総半島を横断する路線となる計画でしたが、上総亀山と上総中野の間は建設されることなく終わり、久留里線は盲腸線として残ることになりました。
木更津はそれなりの規模の街でしたし、市原から君津にかけての京葉工業地帯南部の通勤需要も見込まれたためか、国鉄末期の特定地方交通線への指定を免れ、数少ないJRの非電化盲腸線として残ることになりました。

久留里線に初めて乗ったのは1974年の3月で、小学校のクラス遠足でした。
上総亀山駅から南に2キロほどのところにある、三石山という山に登りに行ったときです。
学年全体の行事ではなくクラスだけで行ったのですが、その時の担任の先生が君津出身の方だったので、土地勘があったのだと思います。

 

4_7403_0
上総亀山駅に到着するキハ35もしくはキハ30です。

 

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4_7403_2

途中の交換駅で見かけた転轍テコ。おそらく横田駅だと思います。

 

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高い山は無いけど、でこぼこした台地の中を、切り通し作って通すという線形は、房総半島内陸部ではよく見られたものだと思います。

 

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キハ30は2012年までキハ37、38と一緒に運用についていましたが、現在は全てキハ130となっています。

(5)では中央本線の相模湖駅を紹介します。

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