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2021年6月24日 (木)

1974年の日本の鉄道(6)九州のキューロク

九州には両親の実家があり、私も結婚するまでは本籍を大分県に残していました。
ただ祖父母が九州にいたわけでもないので、私が初めて九州に足を踏み入れたのは、1974年の夏休みのことでした。この年の春に宮崎電化が完成し、九州の蒸気機関車もカウントダウンが始まっていましたが、まだ筑豊地区で石炭列車を牽く蒸気機関車の姿を見ることができました。

 

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行橋機関区で給水中の9600です。
窓枠やキャブの裾からランボードにかけて、そして炭水車の外枠も白く塗られていて、何か特別な催しに使われた機関車のようです。

 

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行橋駅を出発する田川線の石炭車返送列車です。9600と習熟運転中と見られるDE10の重連でした。

 

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城野駅で見かけた日田彦山線の貨物列車を引いていた9600です。

 

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行橋駅で、日豊線の柳ヶ浦行をここで分割された田川線の後藤寺行から見た写真です。実はこの後藤寺行の田川線区間が、九州の最後の蒸気機関車牽引の旅客列車だったのですが、この直前に置き換えられてしまっていて空振りだった、という写真です。

 

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最近の写真としては、2年前に訪れた、田川市石炭・歴史博物館に展示されている59684です。
ここには坑内で使われていたトロッコや機関車なども展示されていて、鉄分は濃い目です。


(7)は大分交通耶馬渓線を紹介します。

 

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