1974年の日本の鉄道(7)大分交通耶馬渓線
最近はアブダビ関連の情報ばかりでしたので、久しぶりにちょっと昔の日本の鉄道を紹介します。今回は1974年夏に乗った大分交通耶馬渓線です。
2011年にアップした記事「70年代の日本の鉄道(地方民鉄)」で一枚写真を載せて、簡単に紹介しましたが、そこでも書いた通り、私が乗った時点でこの路線は中津からわずか10kmの野路駅までに短縮されており、この翌年には廃線になってしまいました。
野路駅に到着する下り列車です。
この時は家族で九州を旅行しているので、青の洞門を訪ねた帰りに、途中でバスを降りて、野路駅まで行ったのだと思います。バス通りからは少し外れたところに駅があった記憶があります。気動車の少し後ろに写っている鉄橋が、そのバス通りを跨いでいた橋梁だと思われます。
野路駅の次は洞門駅でしたが、廃線から3年経って、線路は草に埋もれていました。
今、この耶馬渓線の路盤の多くがサイクリングロードとして使われています。
車内はセミクロスシートでした。野路駅は無人駅でしたから、車掌から切符を買ったのだと思います。
中津駅の一つ手前の八幡前駅には、ローカル私鉄ではあまり見かけない行灯型の駅名表示板がありました。今思うと、現在のローカル線とは比べ物にならないくらい利用客がいたような気がします。
中津駅に併設された車庫です。車庫の壁も広告スペースになっています。
左のコンクリートの橋ははまだ建設中だった日豊本線の高架橋でした。この工事に対して大分交通も負担を求められたことから、廃線の決断に至ったと聞いています。
近年はなかなか中津のあたりには立ち寄らないので、最近の写真がありません。
写真はこの耶馬渓線が廃線になって10年後に撮った、譲渡先の紀州鉄道で走っていた旧大分交通のキハ604「なぎさ」です。2000年代まで走っていたようです。
(8)では日豊本線の特急、急行のスナップを紹介します。
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