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1976年の夏に家族で青梅線の御嶽まで行った時に、立川駅で撮った写真です。当時の青梅線は、線内は72系でしたが増結用にはクモハ40も使われていました。それらの写真もあったはずなのですが見つかっておらず、中央線側を撮った写真だけいくつか残っています。
立川駅を通過しようとしている165系の上り急行「アルプス」です。当時は甲府と新宿を結ぶ急行「かいじ」の一部は立川に停まっていましたが、「アルプス」は通過していました。緑帯のグリーン車2両にビュフェ車も連結されています。急行のビュフェの営業が停止されたのはこの年だったと記憶しています。
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当時は中央線の上下本線はこの島式ホーム1本で捌いていたようです。手前のホームは中央線の副本線と青梅線で、この右後ろの方には青梅線専用の行き止まりホームと駅舎があったと記憶しています。その後、立川駅は橋上駅となり、写真に写っている中線の方に線路1本分ホームがずれて、島式ホーム3本に青梅線、中央線の列車が発着している運用となっています。
近年の写真としては、おそらく2000年代に南武線ホームから撮った中央線ホームです。前の写真と比べても屋根の傾斜のつけ方が逆になっているのがわかりますが、屋根が「つぎはぎ」に見えるのは、以前と変わっていないようです。
次は1977年の日本の鉄道を紹介します。
2022年8月13日 (土) 70年代の日本の鉄道 | 固定リンク Tweet
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