70年代の日本の鉄道

2024年1月26日 (金)

1974年の日本の鉄道(追加:10) 50年前の稲毛駅踏切

現在、JR総武本線の稲毛駅は高架駅になっていますが、1970年代までは貨物の取り扱いもあった地上駅でした。従って、国道16号と国道14号を結ぶ幹線道路に大きな踏切があり、当時は他に広い道路がありませんでしたから、いつも混雑していました。

19740108

クリアな写真ではありませんが、小仲台側から京成稲毛駅方面を眺めた写真で、通過しているのは113系の快速です。

19740109

こちらは101系の各駅停車。この踏切は遮断棒が降りるタイプではなく、踏切警手遮断ロープを巻き上げたり降ろしたりするタイプの踏切だったと記憶しています。
貨物の入れ替えが入ると、この踏切がずっと閉まったままになるので、渋滞がさらに酷くなっていました。

18ing02

ほぼ同じ角度で見た現在の稲毛駅。他に2つの国道を結ぶ道路が整備されたため、現在は交通量が格段に少なくなりました。

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2024年1月 8日 (月)

1974年の日本の鉄道(追加:9)50年前の京成成田駅(スカイライナー50周年)

これは現在進行形の千葉県内巡りの一環ではあるのですが、ちょうど50年前の1974年1月、運転を始めたばかりのスカイライナーに乗りに、京成成田駅に行った時の写真があるので紹介します。

スカイライナー初代AE型は、1972年には完成していましたが、成田空港の開港遅れにより空港特急としての運用開始が見通せない中、1973年12月からの年末年始輸送に合わせて、従来の「開運号」に替わる、京成成田・京成上野間をノンストップで結ぶ有料特急としてデビューしました。

Nrt30

京成成田駅で出発を待つスカイライナーです。成田空港が開港されるまでは「特急」という表示で運転していました。

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3500型急行です。当時の京成において特急という種別は、スカイライナー登場前は「開運号」が、そして上記のようにスカイライナーがそれに当たるということで、急行が料金不要で乗れる最優等列車でしたが、停車駅が多く速達性という点では問題がありました。この急行のヘッドマークは角形ですが、このスカイライナー運転開始時も同じだったか定かではないのですが、70年頃の京成本線には丸いプレートに「急」一文字の急行もあり、そちらは西馬込行き、角形の「急行」は上野行きという違いがあり、停車駅も微妙に異なっていた記憶があります。利用客は「角急」「丸急」と呼んでいました。

Nrt32

現在の京成成田駅。ホームは当時と変わっていません。奥に止まっているのはやはり3500形です。

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2023年11月13日 (月)

1973年の日本の鉄道(追加:12)野田市のりもの公園

前の記事で野田市の清水公園に併設された「のりもの公園」に小学校の遠足で訪れたと書きましたが、その「のりもの公園」に展示されていた「のりもの」を紹介します。
なお、この公園のパンフレット前の記事に貼っていますから、参照してください。

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C57型機関車は、千葉県内でも旅客列車の牽引を担っていました。この129号機は1969年に廃車になっていますが、最後は新小岩機関区だったようです。
「のりもの公園」閉園後もしばらくは保存されていたようですが、保存状態は良いとは言えず、1996年に解体されてしまったそうです。

B21
玉電の200型(206)で、C57とは異なり千葉とは縁がない車体なのですが、こちらも1969年に玉川線が廃止になったタイミングで、ここに運ばれたようです。先進的な設計の路面電車でしたが、それが故に使い勝手が悪く世田谷線には引き継がれなかったとのこと。
この車両は閉園時に解体されてしまったようです。

やはり屋外展示だとメンテナンスが大変なのだということがよく分かりますが、まだ綺麗な姿が見られた時期にここに行けたのはラッキーだったかなと思います。

B19
園内にはこのような分岐器も置かれていました。特に搬入の都合とかではなかったと思います。

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2023年11月10日 (金)

1973年の日本の鉄道(追加:11)東武野田線

70年代の日本の鉄道の追加紹介です。
新たに見つかったネガから1973年の東武野田線を紹介します。

当時、千葉市内の小学校に通っていたのですが、遠足の行き先が野田市にある清水公園で、船橋から東武野田線で往復した時の写真です。

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清水公園駅に着いた大宮行き電車。車両は5300形のようです。この車両は以前は伊勢崎線の急行運用に入っていた優等列車用車両でしたが、伊勢崎急行に1800系が導入されたのを期に一般車に格下げされました。1975年頃には車体更新がなされて3000系に編入されたので、短期間に2度も大きな更新工事が行われたことになります。

A12

遠足だったので、生徒をホームに集合させて数を数えています。この写真で往路は何形に乗ったのかがわかりました。今回、元のネガの色がかなり変わってしまっていたので手動で補正はかけたのですが、窓周りの帯はもう少しオレンジ系が強かったと思います。

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野田市駅近くにはキッコーマンの工場があり、当時は貨車で出荷されていたらしく、工場には多くの留置線があり、スイッチャー(入換動車)が行き来していました。

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2023年6月10日 (土)

1977年の日本の鉄道(7終)上越線(ネガスキャン)

これはこれまで紹介したことがない、ネガしか見つかっていない写真です。

1977年の1月に上越線の塩沢までスキーに行きました。165系急行「佐渡」で越後湯沢まで行き、普通列車に乗り継いだと記憶していますが、その急行「佐渡」の車内から撮った写真です。

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群馬県の岩本駅で特急「とき」に追い抜かれます。

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同じ列車の後追いです。この年は雪が多く、沼田よりも南の岩本でも結構な積雪でした。
実は、このスキーの帰りには、越後湯沢からわざわざ181系の「とき」に乗るつもりで指定席を確保しており、食堂車にも行こうとか思っていたのですが、帰る日にとんでもない量の雪が降り始め、上越線のダイヤはガタガタになってしまい、早めに駅に行って、なんとかギュウ詰めの普通列車に乗って水上まで辿り着き、水上発の急行「ゆけむり」に乗って上野まで帰りました。1978年には181系「とき」から食堂車が外されてしまいましたから、大雪で、結果的に最後のチャンスを逃してしまったわけです。

13_20230610230301

水上駅を出る時にはこれだけ積もっていました。当時は上越国境越えの補機であるEF16が配置された水上機関区があり、写真に写っている救援車のような車両も配置されていました。

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2023年6月 3日 (土)

1977年の日本の鉄道(6)東北本線特急(ネガスキャン)

今回も、以前に

『1977年の日本の鉄道(2)東大宮派出所』
『1977年の日本の鉄道(3)宇都宮のEF57』
『1977年の日本の鉄道(4)宇都宮近郊』

で紹介した写真のネガからスキャンした、その前後に撮影した東北本線の特急を紹介します。

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上野駅で発車を待つ特急「つばさ」です。この時点で485系1000番台が投入されていました。

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これは「つばさ」のモハ484を撮ったというよりも、15番線と16番線の間にあった荷物用ホームと搬送用台車の写真を撮ったのだと思います。残念ながらターレーの写真は撮っていません。

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1往復だけ走っていた583系特急「ひばり」です。おそらく、宇都宮を目前にした雀宮駅で追い抜かれた時の写真です。

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2023年5月27日 (土)

1977年の日本の鉄道(5)東大宮派出所(ネガスキャン)

1977年の鉄道シリーズの(2)で、東大宮派出所で撮った写真を紹介していました。

『1977年の日本の鉄道(2)東大宮派出所』

ただそこでボツ写真と書いたように、アップ当時は一部しか見つかっていませんでした。
先日見つけたネガの中から、その他の写真を紹介します。ただフィルムの劣化が進んでいた上に、逆光の写真はネガスキャンではなかなか難しいので、「ボツでないものでもこの程度か」というツッコミはご勘弁を。

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キハ181系の留置車です。前のアップではキハ181は事故廃車になった車両かもと書きましたが、今回ネガスキャンでこの車番がキハ181ー5とわかりましたので、この車両は廃車車両ではなく、この後転属となり、キハ187が新製されるまで山陰本線の特急用として活躍したようです。

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オハフ33ですが、銘板が外されていることから、これは休車体だと思います。
当時はまだ旧型客車の急行が走っており、東大宮にもその編成が留置(後述)されていましたが、ほとんどは43系客車になっていました。ただ、この頃に夜行の急行「妙高」に乗った時には、オハフ33が連結されていたことは記憶しています(窓際に肘掛けなし)。

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逆光ですが、特急「ゆうづる」用の24系客車です。この写真を撮る少し前の1976年10月に、4往復の客車「ゆうづる」が20系から24系24形になりました。

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2023年5月12日 (金)

1979年の日本の鉄道(7終)京成津田沼駅

(6)で新京成電鉄の写真を紹介しましたが、そのまま新津田沼駅から一駅乗って到着した、京成津田沼駅で撮った写真を、今回は紹介します。

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当時京成電鉄は、ファイヤーオレンジ塗装への塗り替えが始まっていた時期でした。上の写真は塗り替えられた3200形で、千葉線から本線に乗り入れて上野まで走る普通列車です。まだ非冷房車で方向幕も設置していない、未更新状態でした。

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車番は分かりませんが、クハ2100形を先頭にした青電の千葉行きです(ネガスキャン)。
この時点で、行商専用列車以外の青電は、モハ210、クハ2100で組成された4両5編成でしたが、モハ210は戦前の製造にも関わらず更新時にカルダン駆動化されていました。この青電はその後ファイヤーオレンジに塗り替えられています。

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赤電塗装の急行佐倉行きです(ネガスキャン)。おそらく3300形だと思います。

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2023年5月 5日 (金)

1979年の日本の鉄道(6)新京成電鉄

新京成電鉄は、京成津田沼と松戸を結ぶ準大手私鉄ですが、かつては「旧京成」と呼ばれていたくらい、京成電鉄からの譲渡車ばかり走っている路線でした。
1979年は、新京成初の冷房車である8000形が登場して間もないという時期で、まだ「旧京成」車両が主力という状況でした。

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松戸駅を出発する800形です。800形は新京成初の自社発注新製車でしたが、京成の3100形に準じた車体が使われていました。N800系の登場により、2010年頃までに引退しました。

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松戸駅に到着する500形。京成が戦前に製造した半鋼製車が譲渡された車両です。

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新津田沼駅上りホームに到着した新津田沼止まりの8000形。方向幕はすでに折り返しの高根公団行きになっています。8000形はこの前年に登場した新京成初の冷房車でしたが、この8504編成は1979年に製造されたばかりの第2編成で、この編成から塗装がベージュベース変わっています。また制御機器はこの編成までが抵抗制御で、第3編成からは界磁チョッパ制御となっています。また、京成は1960年代製造の3100形2次車から空気バネ台車となっていたのに対し、新京成では800形もこの8000形も、まだコイルバネ台車でした。

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2023年4月30日 (日)

1979年の日本の鉄道(5)東武鉄道春日部駅

東武鉄道春日部駅は伊勢崎線と野田線が交差する、東武鉄道の要衝です。当時は貨物の取り扱いもあったようで、国鉄幹線の主要駅と同じような印象の駅でした。

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1720系特急「きぬ」です(ネガスキャン)。

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更新前の6000系を使った快速です。東武の列車種別は独特で、特急は日光線・鬼怒川線系統、急行は伊勢崎線系統の最上位列車で、日光線・鬼怒川線は快速がそれに準ずる種別であり、6000系は2扉クロスシートで、一部指定席車もある、という列車でした。

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7800系準急です。準急は快速よりも下位の種別で、通勤型車両が使われていました。

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