90年代の日本の鉄道
2025年10月 6日 (月)
2025年6月 1日 (日)
GW中に撮った日本の鉄道(1) 255系・内房線
少しUAEから離れて、今年のGW中に撮った鉄道写真を紹介します。
5月3日に、臨時の「しおさい81・82号」として255系が運用に入りました。
255系は昨年のダイヤ改正で定期運用がなくなりましたが、今回は臨時特急としてその走りを見せてくれました。
なお、今年の夏臨でも運用に入るようです。
少し離れたところから撮った「成田エクスプレス」。
結構な人出で、残念ながら線路に近づき過ぎた者もいたようで、通過する列車が警笛を鳴らすばかりか、普通列車が2回ほどこのあたりで停止したケースが見られました。
西船橋駅の武蔵野線ホームから捉えた幕張車両センターに帰る255系です。運よく武蔵野線ホームに入ってくる電車とは被りませんでした。
2025年4月19日 (土)
2025年の桜(4)新潟の桜
今週、所用で新潟県の主に中越地方を回っていました。
ちょうど桜が満開から散り始めといった時期だったので紹介します。
紹介する場所(訪問日:4月15日〜17日)
来迎寺駅北側 (長岡市)
燕三条駅・駅東側(三条市)
西山ふるさと公苑(柏崎市西山町)
石油の世界館 (新潟市秋葉区)
古津駅 (新潟市秋葉区)
信越本線の来迎寺駅から寺泊駅まで、かつて越後交通長岡線が走っていましたが、来迎寺駅から北に向かってカーブして行くところでは廃線跡が残っています。越後交通は1975年の旅客営業廃止後も1995年まで来迎寺駅・西長岡駅間で貨物営業を行っていたので、ここはその区間にあたります。鉄橋が残る手前の廃線跡と桜の組み合わせです。
燕三条駅を出て信濃川を渡る鉄橋に向かう弥彦線。駅の東側を流れる信濃川の堤防から撮っています。高架橋の壁でちょっと車体が隠れてしまっています。この辺りの桜は少し散りかけていました。
2025年4月14日 (月)
2025年の桜(2)千葉の桜
(2)として千葉の桜を紹介します。
紹介する場所と撮影時期は以下の通りです。
幕張さくら広場(4月9日) 幕張豊砂駅から徒歩5分
千葉公園(3月30日) 千葉駅から徒歩10分
市川真間川(4月10日) 京成本線鬼越駅から徒歩3分
幕張豊砂駅近くにある「さくら広場」は、パナソニックの社有地に人工的に作られた桜に特化した公園で、2006年にオープンしました。住所としては習志野市となります。
当初は、海浜幕張駅と新習志野駅のほぼ中間にあり、また駐車場もなく、行きにくい場所だったのですが、その後イオンモール幕張新都心が隣接地に建設されてバスや車の便が良くなり、2年前に幕張豊砂駅が開業して、さらに便利になりました。
ソメイヨシノが505本植えられているそうです。4月9日の水曜日の夕方に訪れましたがちょうど満開でした。
京葉線が上りだけ高架、下りは地表を走っている区間で、なかなかスッキリした写真は撮れませんが、これだけの桜が集まるとさすがに見事です。
ただ、閉園が17時半というのが難点。以前は夜桜の公開も行われていたようなのですが、現在は昼間のみとなっています。
2024年7月16日 (火)
2024年夏の日本旅(13)北海道の旅ー帯広周辺の鉄道遺構
タウシュベツ川橋梁ツアーの後、帯広空港から乗る飛行機まで時間があったので、帯広周辺の鉄道遺構も訪ねて見ました。
十勝平野の北西エリアには、かつて新得駅を起点に北海道拓殖鉄道の路線が敷かれており(1968年廃線)、その中心地であった鹿追町には、同鉄道で使われていた8600形蒸気機関車が保存されています。然別湖から20分ほどで着くことができました。
おそらく旧国鉄の8620形と同形式だと思いますが、煙突前に給水温め機がないのでちょっと違和感があります。大きなスノープラウも目を惹きます。
この辺りで最も有名な鉄道遺構であろう幸福駅は、帯広空港のすぐそばということもあり、今でも訪れる人が絶えないようです。
この日も、売店が閉まる直前の時間帯だったのですが、外国人観光客が乗った大型バスが到着していました。
2024年7月12日 (金)
2024年夏の日本旅(12)北海道の旅ー旧士幌線の遺構
タウシュベツ川橋梁ツアーの後半は、第5音更川橋梁と幌加駅跡です。
第5音更川橋梁は、幌加駅と十勝三股駅の間にあった橋梁で、車内から見ただけでしたが、こちらはタウシュベツ川橋梁と同時期の建設であるにもかかわらず、しっかり残っていました。
ただ、橋脚の下の方のコンクリートは削られており、やはりこの部分は水に浸かったり空気中に露出したりを繰り返しているので劣化が進んでいるとのことです。
糠平駅と十勝三股駅の間は1978年にバス代行に切り替えられ、中間駅であった幌加駅もこの時点で使われなくなりました。
廃線後、十勝三股駅などは設備が撤去されたようですが、幌加駅に関しては線路がそのまま残されたらしく、それが現在では観光資源として活用されることとなっています。
このような看板が整備されて、幌加駅の沿革が説明されています。私が初めて士幌線を訪ねたのは1982年のことで、すでにバス代行になっていましたから、この幌加駅は自分にとっても今回が初めての訪問となりました。
2024年7月10日 (水)
2024年夏の日本旅(11)北海道の旅ータウシュベツ川橋梁
タウシュベツ川橋梁は今では全国区で知られている鉄道遺構ですが、32年前にこのすぐ近くを通った時は、まだ誰も注目していなかったと思います。
同橋梁は、国鉄の士幌線が昭和14年に十勝三股まで開業した際に建設された11連のアーチを持つコンクリート橋で、その後糠平ダムの建設により糠平と幌加の間が水没することになって、昭和30年に新線切り替えによって使用されなくなりました。
橋がかかっている位置が、ちょうど糠平湖の水位の上下に伴って水没したり、水面上に現れたりするので、「幻の橋」などとも呼ばれ、2008年のフルムーンパスの広告に使われたことから、一気に知られるようになったとのこと。
そして、水没したり水面上に現れたりを繰り返しているため、コンクリートの劣化が早く、現在ではかなり崩壊が進んでいます。
橋として連続した形で見られるのはあとわずかと言われており、それもあって今回の帰国休暇のメインイベントに選びました。
橋を見に行くにあたり、糠平湖の対岸の展望台から見るのであれば誰でも簡単に見られるのですが、近くから見ようと思ったら「ひがし大雪自然ガイドセンター」というNPO法人が開催しているガイドツアーに参加するか、橋に続く林道への鍵を上士幌町にある道の駅「かみしほろ」で借りて(1日15組限定)自力で行くか、となりますが、私たちはガイドツアーに参加することにしました。
「ひがし大雪自然ガイドセンター」は糠平の集落の中にあり、午前9時出発のツアーでしたので、集合は8時50分。上士幌温泉を8時に出発していたので、8時半頃には到着していました。
受付を済ませて長靴を借り、ツアーの説明を聞いてから出発となります。この日は天気がよく暑くなりそうなので、十分に水を用意しておくようにとの注意がありました。
ただこの時、ガイドの方が「ドバイから来られた方にはなんてことない暑さかもしれませんが」とおっしゃってましたが、私自身はUAEから参加とは知らせていなかったはず。受付でも日本の住所を書きましたし。
だとすると、たった20名ちょっとのツアーに2組もUAEからの参加者がいたということなのでしょうか?
タウシュベツ川橋梁は糠平湖の東側ですが、道路があるのは西側。車で湖の北端を回り込み、普段は鍵がかかっているゲートを開けて、林道を進みます。
2024年7月 8日 (月)
2024年夏の日本旅(10)北海道の旅ー狩勝峠・旧新内駅跡
狩勝峠は昔から日本三大車窓の一つとされるくらい、雄大な眺めが見られる区間として知られていました。
1966年に根室本線が新線に切り替えられた後、旧線にあった新内駅の周辺は狩勝高原園地として整備され、また近くにサホロリゾートも開設されたこともあり、それなりに人が集まって来ているようです。
その新内駅跡には9600形蒸気機関車と20系客車3両(ナハネ20、ナロネ21、ナロネ22)が静態保存されています。20系客車はかつては列車ホテルとして利用されていましたが、現在は通常の営業は行なっていないようです。
また、保存車両の横にもレールが敷かれ、そこをEF65や80系気動車を模したミニ列車で走れるようになっています。ちなみに、このEF65のヘッドマークが「さくら」なのは、やはりかつてナロネ22を連結していた列車だからでしょうか。保存車の横サボにもやはり「さくら」が提示されていました。
ナロネ22は1人用個室ルーメットを備えるA寝台車ですが、現在ではこの新内駅の車両が同形式唯一の保存車となっています(ナロネ21はナハ21改造車が他にも現存)。
こちらは32年前、まだ列車ホテルが営業していた頃のナロネ22です。
1966年に切り替えられた狩勝峠の「新線」も、新狩勝トンネル内の上落合信号所から落合駅までの間(さらには富良野駅までの間)が、今年の3月で廃線になってしまいました。
2024年7月 7日 (日)
2024年夏の日本旅(9)北海道の旅ー富良野
今回の日本旅のメインイベントは、タウシュベツ川橋梁の訪問でした。
今年で見納めになりそうなものを考えて、立山のトロリーバスか、橋がつながっているタウシュベツ川橋梁かと迷ったのですが、立山のトロリーバスは以前に乗っているのに対し、タウシュベツ川橋梁はまだ見たことがないので、そちらを選ぶことにしました。
また、北海道は32年前の6月に新婚旅行で訪ねた地であり、何ヶ所か以前と同じところで写真が撮れればとも思い、家内と二人で出かけました。
最初に訪れたのは富良野。
富良野の有名観光スポットとなったファーム富田には、この日も多くの観光客が集まっていました。写真はファーム富田のラベンダー畑越しに見下ろした、その名も「ラベンダー畑」駅に停車中のトロッコ列車です。
こちらの32年前の富良野線のキハ54形。当時はまだファーム富田はそこまで多くの観光客が集まってくるという感じではありませんでしたし、ラベンダー畑も小規模で、6月の下旬にはまだほとんど咲いていませんでした。
大雪山系をバックに走る富良野線の普通列車です。ふらのワインハウスから撮った写真です。















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